子育てのベストモーメント3

我が娘へ、

あなたを産んで、育てて、おかげさまで、楽しい年月を送りました。 出産直後に、赤ちゃんって可愛いでしょ、なぜだと思う、と女医さんから質問されたけど、答えはわからなかった。 正解は、「ティーンエイジャーになってから、憎らしさのあまりに殺せないように、可愛い記憶を残しておく為よ」といういかにもアメリカンなジョークだった。

私はあなたがテーンになっても殺そうと思わなかったけど、ベストモーメントはやはり赤ちゃんの頃で、あなたの記憶には残っていないと思います。 だからここに書きます。

1 フロリダで出産して、アパートの同じ部屋の同じベッドで寝ていました。 自分が目を覚ましてから、あなたの寝顔をずっと見つめているのが好きでした。 なぜなら、あなたが目を開けて、私の顔を認めてから、ニコッと微笑んでくれるその瞬間が見られるからです。私は表情が乏しく、暗く見られることが多く、私の顔を見て、喜んでくれる人など稀有でした。あなたに救われました。

2 同じくフロリダで、あなたは1歳半をすぎても、歩くどころかハイハイもせず、障害児判定をされて、フィジカルセラピーに通いました。 Child Findという団体からお金がおりました。 後年、スポーツ万能になったなんて、信じられないですね。 とにかく、立ち上がって、手を伸ばさなければいけない位置に貼ってあるステッカーを取る、という運動を、週二回セラピストにやらされて、それが辛くて、よく泣いていました。 

初めて、一人で歩いたのは次のような状況です。 私は、家のリビングのカウチの足元の床にあなたを座らせて、自分は少し離れたラブシートを背にして、やはり床に座りました。あなたは私のそばに来たくて、その第一歩を勇気を出して、踏み出したのです。 決意に満ちた表情をして、4歩ほど移動したのが最初です。 後年、棒高跳びの最初のステップをしたその表情にそっくりでしたよ。

3 カリフォルニアに来てから、2、3歳ごろ、まだ紙おむつをしておりました。 プリスクールに通う前まで、紙おむつをしていました。 私は朝起きて、翻訳の仕事をしたり、リビングでお茶を飲んで、あなたが起きるのを待つのが日課でした。 9時過ぎになると、あなたは起きて、自分でベッドを飛び出し、カシャカシャカシャという紙おむつが擦れる音をさせて、私がいることを確認しに小走りする、その音を聞くのが楽しみだったのです。 最初は絶対、コンピューターのある部屋の方に駆け出していくので、私がリビングにいる時は、引き返してやってくるので、その音を長く聞くことが出来ました。

最初の3年だけでも、これだけ楽しませてくれたので、もう親孝行は完払してますよ。