それが原因じゃないよね。

日本語講師の見習いで、ベテラン教授のクラス見学をしていたことがあった。以前、この大学で女子学生が屋上から飛び降り自殺をした、という報告をしていらした。 原因は、予定されていた留学がキャンセルされて、それが悲しかった、ということで、なんでそんな事ぐらいで、死ぬの、愚かな、という口調でした。 いや、絶対、それ原因じゃないだろうと、私は思った。 つまり、他に苦しいことがあって、留学することで、それが解消できると、その子は考えていたのだろう、と。 自殺する理由は一つだけではないだろう。 ビルドアップして、飽和したのだろう。 そうではないかな。

 

バイリンガル、参ろうか。

母が存命で、認知症になる前、小学生の娘を連れて毎夏、一時帰国していた。 それが唯一の親孝行だったような気がする。夕方になるとNHKの子供番組をつけて、TV前に陣取らせて、私はその間に好きな本を読むことができた。

お母さんと一緒、忍たま乱太郎の前後に、北島三郎が主題歌を歌っている、おじゃる丸というアニメがあった。 「まったりまったり、焦らず、急がず、参ろうか」という歌の最後のフレーズが耳に残る曲なのだが、バイリンガルである私の娘は、この参ろうか、をずっと後年に至るまで、 My Old Cowと思い込んでいたそうだ。 空耳アワーってあるけど、日本語から英語もあるのね。 だいたい、牛の動画が流れていたしね。 ただ、演歌の大御所はびっくりするだろうね、この話聞くと。

 

サンディエゴに来たら、ラインバックの墓。

サンディエゴに休暇で訪れる人は多い。 気候は安定しているし、麗しいビーチが何ヶ所もある。 サーフィンやゴルフ、ハーフマラソン、子供連れなら、動物園、水族館、シーワールドに、レゴランド、といったところが有名かな。

でも、私の年代の方で、関西からなら、私はマイク・ラインバックのお墓に案内する。はい、元阪神タイガースの野手で、60年代の後半、掛布さんたちと一緒に活躍した選手です。サンディエゴ生まれなので、こちらに眠っています。 交通事故で亡くなりました。 探偵ナイトスクープでその事を知った時、私はまだ日本に住んでいました。でも、こちらで上岡龍太郎さんがお墓参りをしている記事を見て、どこにあるのかを知りました。気合の入った阪神ファンなら、お参りして、六甲おろしを歌って供養しましょう。

El Camino Memorial Park, 5600 Carroll Canyon Road, 92121

パドレスの大塚コーチにお話したら、ご存知なかったので、お教えした。

一時帰国した時に見たバラエティ番組で、日本プロ野球史上、最高の助っ人外人は誰か、という投票をやっていた。 掛布さんが、バースを差し置いて、ラインバックと言ったことがとても嬉しかったです。

 

裁判官じゃなかったの。

娘が幼稚園生の時、様々な職業の格好の型紙から(例えば医者なら、白衣を着て、聴診器、注射をもっている)自分が将来なりたいものを選んで、塗り絵をした後、自分の顔写真を貼り付けて、終わり、という工作をしていた。 私の娘は、スモックに法律の本と小槌を手に抱えていた型紙を選んだ。 で、私は、おー裁判官か、頼もしいな、と思ったし、夫の従姉妹などは、こういう風に小さい頃に決めたことって案外、本当になるかもよ、と調子のいいこと言ってくれたりした。 私も親バカだから、じゃーこれ取っておこうか、と言って、それは長い間壁に貼っていたりした。 

もう娘が高校生になった時、このことで、私は絶句した。 これまだ持っているの、私、このトンカチ持っている人、大工さんだと思ってたのよ、と彼女が言ったからだ。

とても手先が器用で、道具類を自由に操って、モノ作りを好み、力仕事もこなすから、君の夢はやはり叶ったね。

ステッカーを剥がすように。

40代で鬱だった頃、よくあることだけど、自己開発セミナーに参加したことがあります。高額なので、人に勧めることはないけど、そこで学んだことはある。 多分に自分の解釈が入っているので、書いておく。

悩み事があるときは、視覚化して、範囲を設定するのが良い。 とてつもなく大きな悩み、と考えるのをやめて、これぐらいの大きさ、と自分で決める。 韓国やタイのレストランに行くと、1から10までのスケールで、どのぐらいの辛さにしましょうか、病院で、1から10までのスケールでどのぐらいの痛みですか、とか、自分で設定できるのと似ている。 悩みの深刻度をこれぐらいの大きさで目の前にあると設定する。 じっとその大きさを捉えて、感じる(ブルース・リーが言ったように、考えない、感じる)。捉えどころがない、とか、名状しがたい(名前をつけられない)とか思ってないで、範囲が見えるのは良いことだ。 これだけある、と自分で決定すると、自分のコントロール下にあることになるのだ。 それでもって、その悩みに、名前をつける事によって、客体化して、自分から離してしまうことが出来る。

ここからは自分の解釈だけど、机にステッカーが貼ってあるとする。 それを剥がす時、縁から剥がす。 ここからここまで、という範囲は見えている。 何かが何かと接しているそのきわから物事は変化する。 剥がしたいなら、端っこからやるしかない。 アメリカにせよ、オーストラリアにせよ、大都市は端っこにある。 海と接しているところから変化したのだ。私自身、空港ターミナルで人生が変わったことがある。 それで、ずっと海外住まいになってしまった。 自分というステッカーが剥がれたのだと思っている。

決断できない時

斬り結ぶ太刀の先こそ地獄なれ、ただ踏み込め、先は極楽 (柳生石舟斉)

これは柳生新陰流の兵法秘歌らしいけど、決断に悩む時は、これを思い出すと良い。

悩んだり、考えたり、するのは癖になって、決められない状態が快感になちゃったりするのです。 選択するのが怖いのかい。 お互い柔軟星座(乙女座、魚座)の元に生まれているのだから、新しい状況に適応できることになっている。 これまでもそうだったのに、次は出来ない、となぜ考えるの。

柔軟に対応する力がある人が、決断を恐れるのは矛盾するよ。

にこにこ笑う。

英語にも、laugh, smile, grin, giggle,sneerなど、笑いの表現は多種ある。 その中のsmileは、微笑むとかは、学校の英文和訳以外では、使い難いので、(そう言って、彼女は微笑みました、など、やってたね。)にっこりとわらった、とか、にこにこした、とか訳すことが多い。

ところで、このにこにこは、擬音擬態語の中でも、とりわけ変てこだと思ってきた。

日本語は、言霊を持つ、とはよく言われるけど、これって、二個二個と笑う、という意味が入っているのかな。 一個は寂しい、三個は喧嘩になる、四個は分裂する、二個でよかったね。もちろん二個でいて、喧嘩ばっかりしている夫婦もいるけどね。